ネコぶんこ


2011年11月15日 まず、「善と悪の両方が重要な意味を持つ」という世界を舞台にしたファンタジー小説が、あまたの読者をとりこにした。 編集

§ [DnD][4e][LnL] 『果ての向こう(Out of Bounds)』

伝説と伝承

モンテ・クック

ゲーム・デザインの理論は二項対立に満ちている。ゲーム対シミュレーション。複雑対単純。箱庭対物語。他にもいろいろ。それをD&Dにふさわしい、よく知られていてより興味深い、深い含みのある単純な質問として表現することができる。

ゲームはプレイヤーにあらかじめ準備された正解がある挑戦を行なうのか?

たとえば、すべてのモンスターは直接的に、つまり、剣とマジック・ミサイルで倒すことができるのか? すべての物理的な危険要因(壁を登り、狭い岩棚を通り抜け、河を渡る、など)はダイス・ロールで克服できるのか? それらのダイス・ロールはPCのレベルと能力値によって得られるもので成功できるのか? あらゆるパズルは技能や呪文で正解にたどりつけるのか? あらゆる問題への対策や解答はゲームに組み込まれているのか?

別の視点から説明をすれば、プレイヤーはゲーム内でのさまざまな挑戦を解決するために、彼のキャラクター記録用紙より多くを求められるのか? ゲームの果てはルールの果てとして定義されているのか?

ゲームの起源を振り返れば、この問いに対する答えはたいてい否である。草創期、キャラクターに問題の解決手段を提供するゲーム・システムは珍しいものだった。プレイヤーはルールの果ての向こうから背伸びをし、本で定められていない正解を探した。プレイヤーの工夫は常に遭遇に勝つための鍵だった。そして頻繁に、DMは事前に正解を準備せずにいた。彼はPCが自力で何かにたどりつくと思っていた。

これはより近年のゲームが表現しているものにはあてはまらない。PCの直接的なパワーと能力で勝てない遭遇はほとんどない。たとえば、火への完全耐性を考えて欲しい。ゲームの古い版で、レッド・ドラゴンは火への完全耐性を持っていた。ファイアーボールを準備していたなら、君は運が悪かった。ゲームの最新版で、あなたの行なった選択にゲームが駄目出しするでは面白くないとデザイナは判断し、レッド・ドラゴンは完全耐性ではなく、火への抵抗を持つようになった。

これは学ぶことができるデザインのやり方だ。君は選択しないことが悪い選択だと知る。君はすべての門には見つけることができる鍵があることを知る。あらゆる障害にはそれを通り抜ける方法がある。君はPCに絶対克服できない挑戦がぶつけられることはないと確信する。君はプレイヤーがダイスを何度かロールし、次の場所へ向かうことをよしとする。

簡素なダンジョンの一室を想像して欲しい。向こう側には財宝の山がある。PCは入るとすぐに向こう側に入れないよう力場が張られていることに気づく。“保守的な”ダンジョンの場合、プレイヤーは力場を越える方法を見つけるか、財宝まで手を届かせることを求められる。DMは事前に正解を考えてきていないかもしれない。もしかしたら彼らの持っているものでは、キャラクターがちゃんと宝を手に入れることはできないかもしれない。

ゲームは長い年月をかけて練り込まれ、遭遇のデザインに正解を付属させるようになった。おそらく、レバーか何かの力場を弱めるものがダンジョンのどこかにある。あるいは呪文や正しく組み合わされた呪文が防壁を解除するだろう。おそらく力場を避ける抜け道がある。あるいは十分な力があれば防壁を破壊することもできるだろう。

実はここに異なる視点からのやり方がある。たとえば、奇策で力場を抜けられるなら、それはまだプレイヤーの発想に依存する。遭遇はキャラクターに保険を与えるが、まだプレイヤーに重い努力を求めている。“保守的な”やり方の対極は、力場をどんなキャラクターでも能力を、ダメージを出す、技能判定を行なうなど、きわめて直接的に使うことで克服できるというものだ。

D&Dは歴史的に、プレイヤーと彼らのキャラクターに挑戦を行なうゲームだった。すべての問題がそれを殴ることで解決されるというわけではない。いくつかの問題は――プレイヤーがそこにたどりつかない限り――正解が存在しない。プレイヤーが彼らの取り組むすべての挑戦が彼らの能力を単純に直接使うことで解決できると知っているなら、実はそれはダイスの気まぐれだけで失敗してしまうかもしれず、結局多くのプレイヤーにとって退屈なゲームになりかねない。

D&Dは同じくらい物語ることを重視している。それは神話の運命が危険要因を克服するのと同じくらいにだ。ルールの果ての向こうから、ゲームの中へ正解を持ってくることで心からの満足を得られる。

そしておそらくそれは、本当にここで扱うべき話題ではない。ルールはゲームのすべてではない。ゲームはそれより広大だ。ルールを破っても、ルールの抜け穴をついても、ルールを無視しても、君はゲームから出ることはできない。ゲームはそういう種類のプレイをも含むからだ。そうした事実の上に、それは築かれる。それでは、なぜルールより大きなゲームをデザインしてはいけないのだろう? なぜそれらの可能性を考慮してはいけないのだろう? それはDMやデザイナよりも大きな責任を、プレイヤーの手に還してしまうからだ。成功や失敗が、ふたたび彼らの手に還されてしまう。


2012年11月15日 プラトニック・シャドウ 編集

§ [Promiscuus] いろいろやった

今日はそこそこ動ける日だったので公共手続きをやろうとしたら不備でまた今度になったり髪切ったりしたらすっかり日が暮れていたですぅ。

これでヱヴァQまでにしておくことはうちどめと思ったら現金手に入れ忘れていたのでまだ動かないとだめそうだし、4eのシナリオもあるのでしょんぼりですぅ。


2013年11月15日 編集

§ [Promiscuus] 体調低空飛行(いつも)

風邪が治っているのか治っていないのかあいまいな状態が続くですぅ。


2016年11月15日 編集

§ [DnD][5e] 『バード: BARD COLLEGES(BARD: BARD COLLEGES)』

Unearthed Arcana

マイク・ミアルスとジェレミー・クロフォード――2016年11月14日

今日のUnearthed Arcanaで、バードは新たなBard Collegeのオプションを受け取る。College of GlamourとCollege of Whispersは彼らの出番の準備ができている!私たちは君がそれらの説明を読むよう呼びかけ、それらでキャラクターを作成し、そしてそれらが君の趣味に合うかをかを観察する。

次週、私たちは君が何を考えたか私たちに知らせられるように、調査を行なう。

バーバリアンの調査

君が先週のバーバリアンのオプションを読んで考える時間を与えられている現在、私たちは以下の調査でそれらに対する君の反響を得る準備ができている。

これから先の数ヶ月について

君にプレイテスト、議論、そして考えてもらうためのD&Dコンテンツを私たちはたくさん準備した。事実、私たちは何ヶ月かにわたって月に何度もUnearthed Arcanaを発表するための充分な原稿を持っている。月曜日に原稿を読もう。私たちは君が愛しているものを取り上げては純化し、私たちは君が好きではなかったものを取り上げ、それらを捨てるか再設計する。どちらの方法にしても、君からの反響は重要だ。

私たちの双方――マイク・ミアルスとジェレミー・クロフォード――は近い未来のためのUnearthed Arcanaに取り組み、Sage Adviceのコラムはしばらく休ませてもらう。一方、ジェレミーは公式なルールへの回答をツイッターで提供し続ける(@JeremyECrawford)。

今週はバードですぅ。