ネコぶんこ


2010年12月04日 「あなたが――蜘蛛だったのですね」 [長年日記]

§ [TRR] 2010年08月22日『幽谷響』

朱春峰(男・300歳余・青龍2/白虎1/異邦人2):万の勝利を得るまで祖国へ戻らぬと誓い、戦国日本へやってきた仙人。国性爺の戦友で、“東方不敗”のふたつ名で呼ばれたことも? (おそらく)明人で朱姓なのが意味深な剣士。現在は田沼家の用心棒。武士道から騎士道まで幅広く扱う。プレイヤは森聖氏。

“葛葉”土御門晴明(男・15歳?・朱雀2/陰陽師3):表の顔は葛葉の号で浮世絵を描く少年絵師。しかし、その実体は肉体を乗り換え無窮の時を生きる高名な陰陽師。土御門家とは微妙な関係らしい。幕府嫌いだが、朝廷を利用しようとする輩にも眉を顰める。プレイヤは荒原の賢者氏。

伊藤伊吹(女・17歳・白虎1/玄武1/神職3):江戸市中のさる寺に勤める巫女。親の代からそういう仕事であるからか、妖異との戦いを使命と感じているからか、割と戦いに手馴れている。プレイヤは隠者氏。

春峰が近藤周助という剣客が開いた道場、試衛館を訪れると、借金の取り立てに来た破落戸たちが狼藉を働いていた。多摩から遊びに来ていた近藤の恩人の倅、勝五郎が独り立ち向かっていたので春峰は軽くいなして追い返す。

しかし、間もなく戻ってきた近藤に事情を訊ねてもはぐらかされるばかり。勝五郎が言うにはこのような嫌がらせが度々あるという。彼の頼みもあり、春峰は少々近藤のことを調べることにした。

伊吹は寺で婦人から相談を受けていた。信心に入れ込みすぎた彼女の夫は、大店の店主でありながら最近は店のことまで奈伎土神なぎつちのかみという神の託宣を仰いで決めるようになってしまったという。“御前さま”から紹介された仕事ということもあり、彼女は渋々腰を上げた。

一方、晴明は飯屋で意気投合した歳三という薬売りと飲み歩いている途中、人だかりにぶつかって野次馬を決め込んでいた。

通行人に事情を聞くと、松坂屋という呉服屋が奉公人を雇う約束を反故にしたせいで、職にあぶれた人たちが怒鳴り込んできているという。

松坂屋。という店名を聞き、歳三の顔色が変わる。
「どうしたとっしー」
「その呼び方はやめてくれないか。それよりこいつを見てくれ」
「歳三だからとっしーでいいじゃないか。友達なんだし。何だ何だ、良く出来た絵だな」

彼が懐から取り出したのは、今から数十年後に渡来するはずの“写真”だった。そこには、しかめっ面をしたとっしーが新撰組のだんだら羽織姿で写っているが、うっすらと消えつつある。

とっしーは自分が今から少し先の時間からやってきた人間だと正体を明かし、未来から持ってきた写真の変化に歴史改変の兆しを感じ取り、晴明に協力を求めた。

「ははあ、すると今回のエンディングは……ということだな」
「それで新撰組が誕生すると」
「いい話だった」
「ではミドルいきましょうか」

「おお小娘だ。今から醤油屋行くからちょっと来なさい」

エンディングを早々に済ませ、春峰は近藤に道場と金を貸している醤油屋の山田屋権兵衛を訪れた。山田屋が近藤に何度か金の催促をしている現場を近所の者が見ていたのだ。

伊吹の助言もあって春峰が山田屋から穏便に事情を聞くと、彼は楊見社ようけんしゃという社に祀られた奈伎土神の託宣で金回りを綺麗にしないと身代が傾くと告げられ、近藤に借金の返済を迫っていたのだという。

商売のことまでお告げに頼るのは良くないと山田屋を説教し、伊吹も奈伎土神を追っているということから、ふたりは専門家の晴明のもとを訪れた。
「奈伎土神とやらは知らんが、松坂屋に関わってるんならとっしーの件にも繋がってそうだ」
「とっしー?」
「ああ、こいつだ。さっき無職になったとっしー。俺のダチ」
「とっしー言うな。それに俺は薬売りという仕事がだなあ」
「それじゃあ昨日はいくつ売れたんだよ」
「聞かんでくれ」
「ところで、未来とはどこの国ですか。唐天竺のようなところですか」
「そんな事も知らんのか小娘」
「知りません。どこですか」
「遠いところだよ」
「なるほど」

さておき、三人が奈伎土神とそれを祀る楊見社を調べたところ、他所の神社や寺と驚くほどに繋がりが無い。そのため、一度拝みに行こうということになった。

三人揃って敵情偵察へ行くと、楊見社の前は社の外まで続く行列とそれを当て込んだ物売りや芸人で賑わっていた。社の中へと通され、お祓いを受けながら晴明が辺りを窺うと、建物の様式や並べられた祭具はほとんど様式も宗派もバラバラ。参拝客を惑わせるためのはったりに過ぎないとわかったが、そこに紛れた拙いながらも本物の式を見つけ、陰陽道の本家門元である晴明は非常に怖い顔をする。

講話を聞く段になると春峰が「いやあ手っ取り早く金を儲ける方法が知りたいですなあ!」「次は何の相場が来ますかなあ!」と大声を張りあげて宮司と巫女の顔に青筋を走らせたりはしたが、一通りの参拝を済ませて三人は社を辞した。

「あそこは潰す」
「まあ有害だわな」

道端で晴明が怒りも露わに宣言する。あの社で行なわれていたお祓いは、陰陽道の撫物を応用して参拝者の欲望を奈伎土神の神体に蓄積させて力に変換する式だという。しかし、陰陽道は祀った神に力を与えてもらうのではなく、神を使役する業。それを付け焼刃で行なうと早晩欲望の纏わりついた神が暴走を始めるのは火を見るより明らかである。
「それに俺はああいう動けばいいというようなやり方の式は大嫌いだ。美が無い」

美的感覚はさておき、三人が楊見社を潰す算段をしていると、勝五郎少年が駆けてきた。
「道場が襲われて、近藤先生が!」

おっとり刀で試衛館へ駆けつけると、近藤が明らかにこの世ならぬ気迫を持った剣客たちに囲まれていた。彼も奮戦するものの、妖異の力を得た剣の前に倒れてしまう。 駆けつけた英傑たちの手で羅刹たちは倒され、近藤も《起死回生》で事なきを得る。だが、羅刹に力を与えていた楊見社の札と、宮司は試衛館を潰して新たな社を造ろうとしているという情報が、事件にさらなる不気味な影を落としてきた。

田沼屋敷でとっしーと合流すると、山崎烝の内偵によって楊見社の宮司が時空破断で未来から時を遡った新撰組の隊士、武田観柳斎であると判明した。そうだとすれば、情勢や相場の情報を中てているというのも道理である。既に知っている事を話せば良いだけだ。そして、観柳斎の名に含まれた言葉を使って柳の古語である奈伎を含んだ奈伎土神に繋げる式を打ったのは忍び崩れの巫女、呼子丸だったと判る。

三人は田沼に話を通し、とっしー、山崎他の新撰組隊士と合力し楊見社と影響下にある者を一網打尽にする計画を練る。折りよく例祭の夜は近く、主だった者をまとめて祓うのには丁度よい日取りであった。

「晴明。周りは固めた。鼠一匹這い出せはしないぜ」
「助かるとっしー。ところであの羽織は?」
「俺なあ、あれ嫌いなんだよ。格好悪いじゃないか」

とっしーは一瞬苦笑するがすぐ精悍な顔へと戻り、篝火で煌々と照らされた楊見社の扉を蹴破る。
「新撰組だ、神妙に致せ!」

しかし、信徒たちはそれに怯んだ様子もなく四人の方へ向き直る。その目は、既にまともな人間のものではなかった。
「無駄ですよ土方さん。この時代に新撰組はまだ無いのですから。そして、これから先。この武田観柳斎が描く未来にもね」
「うるせえ馬鹿。もう一回同じ歴史辿って好き勝手しようって了見が負け犬根性染み付いてるんだよ」
「“東方不敗”……! 所詮明の滅びを止められなかった歴史の敗者風情が!」
「どうでもいいんだけどさあ。陰陽道をこういうチンケな事に使わないでくれるかなあ。式も汚いし。殺すよ? 聞かれなくても殺すけど」

雑魚はとっしーと新撰組に任せ、押し寄せる信徒を倒しながら前進した春峰と伊吹が呼子丸を倒し、別の方向へ逃げようとしていた観柳斎は晴明とお互いMPが切れた末の泥仕合の末、脇差の一突きで倒れた。

式の制御が外れて暴走した奈伎土神も三人に襲い掛かるが、晴明が《広大無辺》で楊見社ごと更地へと戻し、ここに江戸の流行り神騒動は終結することになる。

しばらく後、とっしーは晴明との約束通りだんだら羽織姿で絵師、葛葉の題材となり、その錦絵は江戸の街で好評を博した。

この絵をいたく気に入った宮川勝五郎――後の近藤勇は、新撰組を結成し局長となった時に揃いのだんだら羽織を誂えさせたのだが、それはまた別の話である。

今回は土方歳三が江戸で奉公していた頃の逸話が様々あるので、それならタイムパラドックスで両方本当にしたらよかろうなのだと思いついて作った新撰組前史なシナリオですぅ。

最初に消えていく写真という定番のモチーフを出したせいか、うまく共通認識が作れてスムーズに話が進み、新撰組のだんだら羽織の由来という予想外の着地点まで到達できたのは望外の喜びですぅ。