ネコぶんこ


2013年06月02日 しかし、ちょっとショッキングな書き方かもしれないが、“ロールプレイ”はロールプレイング・ゲームの存在する理由ではなく、ロールプレイング・ゲームを可能にするための道具である。 [長年日記]

§ [Liber] テア・ベックマンジーンズの少年十字軍

父親の友人からタイムマシンの実験に志願して現代から十三世紀へ転送されたドルフ・ヴェーハは、少年十字軍の行列に巻き込まれ現代へ戻る機会を逃し、仕方なくルドルフ・ヴェーハ・フォン・アムステルフェーンを名乗って彼らの旅に加わることになる……という導入の小説ですぅ。

ドルフは八千人からなる少年十字軍を恐れて近くの街が城門を閉ざしたため、放浪学生のレオナルドと一緒に彼らと野営することを余儀なくされ、そこでまったく統率されておらず病人や小さい子がどんどん脱落していく様子を見てしまい、複雑な思いを抱きながらも彼らと同行することを決意するですぅ。

この少年十字軍は羊飼いのニコラースと彼に従う修道士を指導者に、貴族の子弟、騎士の息子たち、自由民の子、農奴の子や浮浪児たちとさまざまな境遇の参加者がいて、彼らの中に社会の縮図が投影される構図になってますぅ。

少年十字軍と行動することになったドルフは現代の思想や知識を武器に困難へ立ち向かうことになるけど、これもせいぜい身分より才能で人材を配置する、疫病は病原菌が媒介することを知っている、旅行好きな両親とヨーロッパの各地を旅していた程度で、やりすぎて嫌味を感じさせない程度に抑えているのが巧みなところですぅ。そしてもちろん高度な知識や技術は持っていないため、肝心なところで人を救えないやるせなさもあるですぅ。

こうしたタイムトラベル定番の要素も楽しいけど、この小説最大の凄みは、行進から脱落していく子たちを背負ったりレオナルドのロバに乗せて助けようとし、息絶えた子を埋葬するドルフの様子をつぶさに描写する序盤から、疫病が蔓延して日に数十人単位の死者が出始めると日々の数値になってしまった死者と埋葬の様子が繰り返され、アルプス越えに至ってはもはや死者の数を数えることすら放棄されていくことで、ドルフ越しに読者すら死や中世人の死生観に慣れさせてしまうところにあるですぅ。

さまざまな事件でドルフは現代と比べて驚くほど軽い人の命や価値観、倫理観の違いに戸惑うけど、著者はあくまでもそれらを淡々と記述し、中世のそれらが現代と比べて遅れている、劣っていると安易に断じないところも逆に読者を慣れさせていく効果的な技法になってますぅ。こうした突き放した視点だからこそ、人々の規範たろうとする貴族としての魅力や威厳、責任感を備えたカロルスやヒルデ、農奴出身で強かなペーター、篤い信仰を持つ博愛の人ではあるけれど老獪なタデウス修道士、皮肉屋だけれど正義感の強いレオナルド、今の境遇から逃れるために旅を始めたマリーケなど、できる限りで自らが思った最善の行ないをしようとする中世の人々がより魅力的に感じられるようになっているですぅ。

病魔を克服し、盗賊騎士たちと戦い、アルプスを越えてイタリア半島へと入る頃の少年十字軍は困難との戦い方を覚えたアウトロウに変わっていき、その目的も自分が何者かになるための旅路となり、それぞれが到達する旅の終わりとドルフの思いを絡めることで、少年十字軍の旅を一面的な悲劇で終わらせはせずに少年少女の成長へ繋げていく非常に完成度の高い物語になっていて、読後は爽やかな気持ちになれること請け合いの小説ですぅ。

最後になるけど、実在した人物が歴史に残した事跡のきっかけを作ったり、歴史を改変しつつ結局は史実の通りにつじつまを合わせてしまう要素もこの作品はとてもすっきりと料理していて、そういう部分でもお奨めの逸品ですぅ。