ネコぶんこ


2013年12月09日 [長年日記]

§ [DnD][4e][LnL] 『感じたことのない感覚(The Ever-Elusive Feel)』

マイク・ミアルス

D&D Nextの開発を進めていく上で、私たちはゲームの感覚について何度も語ってきた。感覚は美しさと同じように、ゲーム・デザインのとらえどころがない目標である。感覚は直観的なものだといえる。それは君をより深くゲームの中へ引き込み、ルールへ没入することをより簡単で価値のあるものにする。

君のプレイヤーとしての行動、思考、そして決断を君のキャラクターとしての行動、思考、そして決断にすり合わせるのを助けるシステムの感覚は正しいといえる。ロールプレイング・ゲームは参加者が何かを演じることに没入させる比類なき可能性がある。感覚という考え方は、プレイヤーの思考回路と彼や彼女のキャラクターの思考回路を調和させ、この没入を促進させるものだ。

ゲーム・システムの感覚がよくない場合、それはゲームの中で状況を与えられると君をキャラクターから遠ざけ、君が純粋にシステム面で思考することを強いる。この“強いる”という言葉が重要だ。ある種のプレイヤーはパズルを解くようにD&Dと接してそれを楽しみ、そうしたプレイヤーはゲーム・システムの感覚から積極的に離れる決断をすることにも肯定的だ。しかし、没入していたいプレイヤーがルールの挙動が原因でそれに苦労するとき、トラブルは発生する。

たとえば、武装をしていない平均的なオークよりもプレート・アーマーを着た平均的なオークへ簡単に命中させられる癖があるルールという状況を想像してほしい。オークは速度や俊敏さで有名なわけではない。この場合、このオークのACは感覚の点で落第している。それは君が予想したものに合っていない。この感覚は間違っている気がする。

一方、君はクイックリングに同じ状況を適用したときのことも想像できるだろう。よろいはクイックリングの動きを鈍くし、その人外の素早さを打ち消す。このようなクリーチャーをプレート・アーマーの中へ放り込めば、彼らを殴るのはより簡単になるだろう。

D&D Nextで、私たちは軽装、中装、そして重装鎧を準備し、ファンタジー・ロールプレイング・ゲームで喚起されるべき基本的な感覚を攻略した。俊敏なキャラクターより軽装の鎧を着て、鈍重だったり平均的なキャラクターは彼らが俊敏さに劣るのを補うためにより重装の鎧を着る。たとえこの方法論が現実的ではないとしても、これはずっと重要なD&Dの感覚を喚起させられる基準を満たしている。

キャラクター・クラスと感覚

感覚とクラスのデザインという取り合わせは、RPGデザイナを対立した目標という興味深い状況へ直面させる。

一方ではすべてのラスがさまざまなプレイ・スタイルに対応できる柔軟なクラスのデザインを求められる。たとえば、君のローグは闇に潜む暗殺者、冴えた財宝発掘屋、あるいは魅力的な交渉人になることができる。柔軟なクラスは特別なキャラクター案を準備し、それに合致するクラスを探しているプレイヤーへ大きく貢献することになる。君はこれらのプレイヤーを何を買うか決めてくる買い物客だと考えることができる。彼らは何がほしいかを正しく自覚して店に行き、彼らは棚でそれらの商品を見つけ、彼らは支払いをする。こうしたプレイヤーは、彼らのキャラクターについての感覚を決定したうえでテーブルにつく。彼らは何がほしいか自覚し、それらを提供してくれるシステムを望んでいる。

その一方で、こうした柔軟性は新規プレイヤー、そしてまずはそれぞれのクラスを眺めて調べ、そこで見たものを基準に何をプレイするか決定するプレイヤーにとっては厄介なものになりうる。こうしたプレイヤーはあてもなく店を眺めて回る客のほうに似ている。彼らは棚を眺めたり店員から助言されることによって何を買うか決めていく。まず最初に探検し、そこで何がほしいのか決めるのが好きなプレイヤーには、その空白地を探っていく感覚こそ彼らにとってゲームとの触れ合いなのだ。

多くのシステムはD&Dの感覚を直接的な雰囲気として、いくつかは失敗したりもするが、クラスはさまざまな期待に応じなければならない。あるプレイヤーはファイターのことを考え巨大な斧を構えるハーフオークを想起するだろう。他にも短剣と弓を持った素早いエルフ、あるいは斧を二刀流する狡猾なハーフリングを想像する。それぞれのクラスは必ず持っておくべきいくつかの基礎的な共有の特徴を持つ――たとえば、ファイターの場合なら武器と鎧の扱いに優れているなど。しかし、他の望ましい特徴はプレイヤーの間で変化するものだ。

さらに、プレイヤーがキャラクターをカスタマイズするのが好きなのはプレイテストのフィードバックからも明らかである。クラスに基本的な感覚を与えるのは重要だが、たったひとつの雰囲気で感覚のすべてを支配してはいけない。一部のプレイヤーはクラスに彼ら独自の味付けができる柔軟性を求める。いくつかある限られた数のクラスの原型から選ぶことを望む人たちもいる。D&D Nextのデザインで、私たちはこの興味深い挑戦へ下記のように取り組んだ。

歴史的にいえば、第3版のD&Dは目標指向型の買い物客を満足させた。クラスは特技、呪文、上級クラス、そしてマルチクラスによって開かれたもので、すべてが無限に近いオプションへ続く扉を開いていた。残念ながら、この開かれた方法論は多くの新規プレイヤーにとって参入障壁になることが証明された。第3版のプレイヤーには自分自身の感覚をテーブルへぶつけることが求められたのだ。

それを受け、第4版では逆の方法論がとられた。役割と構築を採用し、ゲームはすべてのキャラクター・クラスができることを明確にした。君がプレイヤーとして決断できる範囲への制限は大きくなった。見て回るのが好きなプレイヤーは、クラスとその構築で何ができるのかを見られるのでより楽になった。だがそれと引き換えに、第4版は多くの目標指向型プレイヤーを寒空の下に放置してしまった。君が自分のファイターを狡猾で生き残りの技に長けた弓兵にしたいなら、私たちが適切な構築とパワーを発表するまで待つか、あるいは君はレンジャーを選ぶことを強いられていた。

第4版で、ゲームはプレイヤーが白紙の状態でテーブルにやってくるのを仮定していた。ゲームは君のキャラクターの感覚を明示的に区切られて提供されるオプションという形で記述した。プレイヤーは彼らが望むキャラクターを性格に作成するため、いつでも様々な部品を集めることができた。しかし、これにはより多くの労力が必要な上、システムは採用するけれど能力の説明を無視する必要があることもしばしばだった。

D&D Nextで、私たちはこれら旧版のちょうど中間にあたる方法論を採用した。私たちはプレイヤーにより多く自由を与えるため役割を使わないようにしたが、特化した分野とキャラクター作成のガイダンスを提供するためにサブクラスを採用した。多くの点において、第4版の役割は特定のサブクラスをデザインするときの特化部分を決める役に立った。たとえばファイターを見た場合、このクラスが他のパーティの守護者であっても、桁外れな威力の罰を与えることに特化した戦士だとしても、それは同じように自然な感覚で受け入れられる。

あてもなく眺める種類のプレイヤーはD&D Nextでより見事にオプションを調整できるだろうし、目標が見えているキャラクター構築家も自分だけのキャラクターを作成するためにサブクラスを選んだり混ぜたりすることができる。特技の占める割合はより大きくなってキャラクターに与える効果はよりわかりやすく、私たちは少数精鋭のデザインを努力した。見て回る人は彼らが専門化した部分を強化する特技を見つけられるだろう。構築家はクラスの一般的な個性から離れた場所で彼らのキャラクターを強く表現する特技を選ぶことができる。

ダンジョン・マスターにとっても、私たちはゲームのオプション部分に君自身のサブクラスを構築できるという考えを用意している。私たちはDMにセッティングを創造する一部としてサブクラスの創造をやってほしいと願っている。また、キャンペーンを始める前に構築家や最適化を愛するプレイヤーが彼らのDMと膝を交えて話す時間を取ってほしいと願っている。プレイヤーがキャンペーンにはっきりとした何かを望むなら、それについてグループで話し、理解し、そしてDMにその周辺でアドベンチャーとセッションを企画できるようにするのは重要なことだ。

これはまさにD&D Nextのプレイテストでとても重要だった多くの領域のひとつ、異なるプレイヤーのグループが望む最適なバランスを保つためのものだ。ゲームのデザインを行なうそれぞれの階梯は調査結果を頼りにして磨かれ、私たちはゆっくりとだが確実にさまざまな種類のプレイヤーのために機能するクラス・デザインの基本的な方法論に到達できた。

マイク・ミアルス

マイク・ミアルスはD&Dのリサーチ&デザイン・チームのシニア・マネージャだ。彼はレイヴンロフトのボードゲームやD&D RPGのサプリメント何冊かを手がけている。