ネコぶんこ


2015年03月29日 [長年日記]

§ [Ludus] 『Gのレコンギスタ』「大地に立つ」

最終話はさっそくG-セルフ、マスクとマニィ、天才とミック、ジット団のふたりが空中で間合いを計っているところから始まり、吶喊する姫様をラライヤが抑えつつグシオン総監が派遣させていた新手のアメリア艦隊と、アーミィのブルジンも降下してきて、ギアナ高地が最後の決戦場になっていくですぅ。

ガランデンの会話でマスクが巴戦をやっていると言っているのは、やはり富野監督世代でないと出しにくい言葉のチョイスだと感じましたぁ。そしてこの状況でガランデンが早々に敵中突破からの脱出を選ぶあたりは、ゴンドワンからクルーごと貸し出されてるだけの関係をよく表現してるですぅ。

戦争に戸惑うローゼンタールが「地球人は戦争オタクですか?」へのアンサーがミックの「所詮懐古趣味の歴史オタクとわかったんだよ!」になっていて、地球とビーナス・グロゥブがたどってきた歴史の違いを感じさせられるですぅ。

マスクは相変わらずベルリを独裁者呼ばわりしているけど、いつの間にか彼の嫌っていたいわれないレッテルを貼ってそれを理由に他人を差別する人間になっているのが皮肉ですぅ。

そうこうしている間にアーミィの部隊が降下してきてアメリア軍と本格的な軍隊同士の衝突になり、それを止めようとするアイーダを逆にラライヤとノレドが制止して、大きなおもちゃをもらってはしゃいでるだけの大人たちをG-ルシファーから月光蝶みたいなのまで出して撃沈させるのは、やるときはやるラライヤの軍人っぷりが出てたですぅ。

そんな戦闘の中にいつものグライダーで着陸してベルリを探し回る運行長官はやはりアグレッシブで、自分が仕込んできた戦争を見たいがために降下したクンパ大佐が情けなく見えるくらいですぅ。

G-セルフとカバカーリーはお互い傷を負いながらも地上戦になり、パックのモードを次々使いながらもできるだけ殺さないような動きなのがベルリらしかったですぅ。

天才の作画はいつもとはちょっと違って獣性というか闘争心が出た感じで、特にミックに痛手を負わせたジャスティマを倒すところはそれが大きく出てたですぅ。ダハックのアクションも腕組みしたまま副腕のサーベルで敵をいなしたり、大回転したりとけれん味たっぷりですぅ。一方で、傷ついたミックに足手まといだから下がるよう指示するのは、彼らしい傲慢さと優しさが同居したいいところでしたぁ。

一方でマニィはマスクの命令を半ば無視してG-セルフを攻撃して洞窟へ追い込むけど、そこが宇宙世紀時代のジャブローで朽ちたズゴックがいて、勝負をかけにいくカバカーリーの動きがシャア専用ズゴックなのもまさかここでのオマージュだったですぅ。

誰も殺さないようにと洞窟での戦いを振り切って地上に出てきたベルリは大気圏グライダーの前でついに母と再会するけど、マズラスターに引きずられて崖から放り出されたクンパ大佐は、暗躍して超越者を気取ってる人間にふさわしい最期だったかもしれないですぅ。マズラスターをトラクタービームで捕らえたベルリの「縛ったんじゃなくて、繋がっているんです」は、物は使いようだということを示していたですぅ。

しかしそれでも追いすがってくるカバカーリーは自身が斬られながらもG-セルフのパックを潰していき、最後には照準設定していたライフルが斬り落とされた後にG-セルフの脚を撃ち抜くという離れ業でついにマスクは念願を叶えて池へ落ちて大いに叫び、何かが終わった感があったですぅ。それと、このシーンはG-セルフとカバカーリーの戦いを後ろでみんなが見守っているというのがよかったですぅ。

そして戦闘的な存在がほとんど離脱したところで、姫様がアイーダ・スルガンの名で停戦の呼びかけを行ない、戦争は終わったですぅ。

後日談はボディスーツを脱いだフラミニア先生が普通に受け入れられていたところは、彼女が客人だからかもしれないけど、クンタラと併せて考えれば差別の源泉は姿形よりもっと別の場所にあるような暗示にも感じられますぅ。

クレッセント・シップ世界一周の旅を運行長官に知らせる法皇は日常の象徴のようで、こういう人だからこそスコード教の法皇をやれてると妙な説得力があるですぅ。そして航海を見送るすっかり毒気の抜けたルインとマニィはいい恋人同士の雰囲気でしたぁ。

息子を死人扱いして演説をしてたズッキーニ大統領はクレッセント・シップから叩き潰されたけど、天才親子のことだからあれくらい派手なのが再会の挨拶だとしても違和感はないギャグっぽさでしたぁ。天才はそのままミックと旅行に出て、そのときにクン・スーンがキア隊長の子を身籠ってたのはサプライズだったけど、彼女が妊娠してた前提で思い返すと説得力の増すシーンが多いのは流石ですぅ。

ケルベスとリンゴはラライヤを巡って恋の鞘当て中だけど、ノレドはベルリから逃げられてしまうのは、彼がどこかに落ち着くにはまだ幼いということかもしれないけど、ノレドのことだからすぐに後を追いかけそうでもあるですぅ。そして艦長のコートを着た姫様は、自分に合ったやるべきことを見つけたようでよかったですぅ。

船を降りたベルリは自分の足(歩行機械)で富士山を目指してさらには日本海、大陸と世界一周を目指したところでクレッセント・シップと月やトワサンガ、ビーナス・グロゥブが映されるけど、そうやってみんなの手を借りて広い世界を見てきた彼が、自分の足で大地に立って生身の目や手が届く範囲を見て回るというのは、これからひとりで大地に立つ大人になっていくことが暗示されているようでしたぁ。それと、七十三歳新人声優の井荻翼さんはちょっとだけの出演だったので、また別の作品にも出てほしいものですぅ。そういえば、私は新人声優登場の報を聞いたときに夢でユウキ・ツバサ・トミノというスタッフロールをみたので、ちょっとびっくりだけどだいたいそういうチョイスなことはわかってるから自然な夢と考えられるですぅ。

ロードムービィだと監督がコメントしていたけど、確かに世界はそんなに変わらず問題は先延ばしにされただけかもしれないけど、それに疑問を持ち挑む性根を持つ少年少女が育っていくまでの物語で、爽やかな終わり方だったですぅ。何よりも『Gの閃光』をエンディングテーマにしたことで、視聴後になんだか何だか知らんがとにかくよし! なテンションになれるのは大きな構成の妙だったように感じられるですぅ。