2011年10月18日 彼と仲間たちは、気楽なことに五万部という予測を立てていた。 [長年日記]
§ [DnD][4e][LnL] 『継承される過去(Preserving the Past)』
伝説と伝承
ウィザーズ・オブ・ザ・コーストの新しい役割で、私は最新製品だけではなく、現在まで続いてきたこのゲームすべてに目を通さなければならない。つねにゲームの全体像を見渡している私の仕事は、この版にけちをつけることではない。それは40年近い歴史――ルール、クラス、呪文、シナリオ、そして、もちろん、モンスター――を意味している。
この文脈で、私はゲーム・デザイナのロブ・シュワルブと昼食どきにD&Dのモンスターについて話をしていた。彼はかつてモンスターは存在すること自体が目的として保護されていたという主張を証明した。私たちは最新版でも――またはここ2つ。あるいは3つの版で―――更新されなかった多くの古いモンスターに思いを馳せた。それはもちろん起こりうることだが、私たちは実際にあるもんスターが存在しなかったと言われるくらい過去のものになってしまったら、それは恐るべきことだと合意した。
私たちはふたりとも青春時代、決して新しいモンスターが馬鹿馬鹿しいと思わなかったことを思い起こした。私は第1版で出た最初の『Fiend Foilo』を買ったときのことを覚えている。当時、私は三脚のようなモンスター、頭を3つ持つtiraphegを見てもそれをばかばかしいと退けることはなかった。その代わり、私はそれが私向けではないと結論した。それは私のではないが、他の誰かのキャンペーンでいい役になるかもしれない。『Fiend Foilo』と『Monster Manual II』にはそういうクリーチャーがたくさんいた。最悪、私はノーと言い、私はそれを使わないが、味のあるやつら。よくて、私の琴線を刺激はなかったり、すぐ使おうと思えなかったモンスターがいる場合、私は挑戦としてそれを使った。私はどうすればgorbelやdenzelianをかっこよく私のゲームに登場させられるだろうか?
もちろん、こんなことはほとんど起こらなかった。たくさんの、たくさんのモンスターはちゃんと本当にかっこよかった。モンスターの本を読むことは、多くのクリーチャーが新しい遭遇や新しいモンスターを次々に提案し、私にプレイさせたがるので、それ自体がすばらしい楽しみだった。
同様に、私は第3版の仕事ではモンスターの選択が厳しかったことを思い出した。結局、たとえば私たちが『モンスター・マニュアル』に多くの新しいクリーチャーを選び、ペリュトンやレウクロッタなど昔からのものをいくつか外した。
私がそれらに嫌悪感を抱いていた理由は、ゲームの歴史の中で負った役割のせいで、それらが(どちらにも彼らなりの魅力があったが)畏怖の象徴たりえないことだと思う。
私は認めることと継承することがゲームの根幹で重要になると考えている。ちょうど私たちが新製品のために新しい素材を作るとき、あらゆるモンスターは誰かのお気に入りクリーチャーや誰かの大好きなシナリオに出たものなので、そのプレイヤーやDMに彼や彼女が愛したそれを使い続けたがらせるため、私たちは記憶に頼るなどして未来へつなげる過去のかけらを見つけるために後方確認をしないといけない。第3版でペリュトンやレウクロッタがそうだったように。あるいはR.A.サルバトーレの小説で新しい命を与えられたさえないモンスター、dire corbyでもいい。誰かが気に入っている理由はそのままに少し手を加えてクリーチャーにふさわしい場所を与えたり、少し違う役割を与えたり、システムを与える、これらはやりがいのある創造的挑戦だ。
もちろん、これはモンスターだけに当てはまることではない。たとえば呪文や魔法のアイテムも、大切な過去の資産である。これはおそらく特技などについてもそうだが、私はそれらの物語での比重やシステムでの重要度が高いので、モンスター、種族、呪文、そしてアイテムの重要度はより高いと思っている。第1版や第2版でモドロンのいる世界を創造したDMが第3版に移行するときに無視されていい道理はない。私たちは彼のキャンペーン世界の物語面が新しいルールのシステム面のせいで傷つけられ破綻してほしくはない。
私はまたそれは起源に忠実なことにも価値があると思っている。歴史は重要だ。私たちがこのゲームが10年、20年、あるいは30年前がどうだったか知らないなら、私たちはそれらの年月からデザインとプレイを学ぶことを拒絶しているということであり、それはとても近視眼的だ。また、歴史を無視すると私たちがすでに通過したところでつまづきかねない。たとえば、誰かが素早く簡単に変装するための新しいアイテムという車輪の再発明をするより、デザイナはハット・オヴ・ディスガイズを使ったほうがいい。新しい何かを生み出したいだろうが、既にそれがこのゲームに存在するなら新しいものを作ってはいけない。私が考えるに、第2版の中期から後期にかけてのゲーム・デザインはそれ自身の過去を見失っていたと思う。既にたいへん似通ったものがこのゲームに存在していることにデザイナすら気づかず、新しいモンスターやアイテムがが創造されていくさまを見ていたことを私は憶えている。たとえば、遠吠えや咆哮で恐怖を呼び起こさせる犬のようなモンスターがこのゲームにたくさん生み出されたことからも、それが窺える。
もちろん、すばらしい過去の一部としてそれら冗長な面がこのゲームに存在する以上、私たちが彼らをこのゲームから排除したり存在を否定しないことを前提とした上で、私はそれらにそれぞれふさわしい場所を私たちが与えるか、彼らをそっとしておくかきちんと決断する必要があると考えている。