2012年08月30日 「とにかく、ぼくを置き去りにしないでよ。それだけなんだ。わかってるよ――ぼくが人生のあれこれを楽しんでいるように見えるとか何とか。でも、いいかい、気持ちは半分しか向いてない。僕の友だちやぼくに濡れ衣を着せるのはいいけど、誰かが多少なりともまともな選択肢を示してくれるなら、一瞬にして、こういうのはやめて見せる」 [長年日記]
§ [DnD] 『ロビラーの思い出:神々の都への道行き(Robilar Remembers: Journey to the City of the Gods )』より、「第一章 英雄二人(I. TWO HEROES)」
緑竜亭異聞
この小説はE・ゲイリー・ガイギャックスが“モルデンカイネン”を、ロバート・クーンツが“ロビラー”を担当したブラックムーアでの冒険を元にしている。
DMの言葉はブラックムーアのデザイナ、デヴィッド・L・アーンソンによるものである。
Copyright 1997, Robert J. Kuntz, All Rights Reserved
本文中に使われた商標はそれぞれの所有者の商標であり、それらの使用はその侵害を意図したものではない。
第一章 英雄二人
一撃が彼をかすめる。
長身の戦士は剣を抜き、突き出された腕を左に避ける。彼は自動人形がその身を捕らえようと投げつけてくる網も避けた。彼はそのまま大きなテーブルの右側に立ち、この敵から間合いを取った。
ロビラー卿は機械兵が繰り出す次の突進を弾くため、得物を大きく振りかぶってひと薙ぎする。その攻撃で機械兵の緑色をした胴がなぎ払われると、内臓――ねじ、歯車、導線、不思議な緑の光を放つ宝石――がぶちまけられ空洞になるという驚くべきことが起こった。それは膝から床へくずおれ、痙攣しながら火花と煙を散らす。
ロビラーは時間を無駄にしない。反対側から部屋を飛び出し、あたりを見回す。彼は微笑んだ。他の機械兵は網に巻き込まれていた。これはあまりに簡単だ。そう彼は思う。それから彼は遠くにある長い壁を眺める。そこから先、半球状の天井はすべてが鏡張りで部屋の様子――調度品、武器、そして三匹の緑竜が描かれたタペストリで彩られた――を反射している。ふたつの鋭い青の瞳と汗ではりついた金の長髪を持つ彼の角ばった顔が、後ろから彼を見つめている。彼はにやりと笑った。そして自らの剣を振り上げると、それが映った鏡の天井に向かって猛々しく振り上げた。
まさにその時、彼の背後にある扉が横に滑りると五体の機械兵が恐るべき素早さで突撃した。彼らは分散して殺到する。網に絡まっていた機械兵もそこから抜け出し、今は椅子を得物にしている。
ロビラーはオーク材のテーブルへ飛び乗ると、向こうの壁沿いにある長椅子へと飛び移った。彼はそのまま竜のタペストリを掴むやよじ登り始める。最初に追いついた機械兵が彼の足に手を伸ばしたその時、彼は鏡のところまでたどり着いた。彼はタペストリを引っぱった。そして飛びついてきた相手を蹴り落とした。しかし彼はタペストリが体重に耐え切れず落ちかかっていることに気づく。彼が急いで剣を上に突き立てると、彼の大柄な体をぶら下げた革のベルトはぎりぎりまで張りつめた。鏡が割れ、部屋中に銀の欠片を降らせるとロビラーは怒号をあげたが、その後ろには細い通路が隠されていた。まさにその時、物音がした。彼は腕一本で頭上の手すりを掴むと、自らをタペストリの上にあった通路まで引き上げた
ロビラーは鏡のかけらに足を取られながらも、すぐにきちんと立ちなおした。左のほうから気配が近づいてきていることに、彼はひどく驚いた。彼はそれに向きなおって立ち向かった。彼の刃は相手に――おおむね敵対的な――挨拶をするために向けられた。だが、太った男は近くで足を引きずっているだけだ。そしてロビラーと同時に得物を構えたので、彼は大笑いした。彼は後ろを向いてから緑の瞳をしばたたかせた。笑いの反響は通路の下からも聞こえてきた。ロビラーはそちらを見る。部屋の入口に立っていたのはアイアンウッドの杖を携えた灰色のローブを着た人影だった。
「お楽しみのようだったな、ロビラー卿」と無駄に頭をかきながら現れたのは、頭の禿げかかったウィザード。
ロビラーは彼を見つめて言った。「なぜ俺に知らせなかった? オットー」
ウィザードは肩をすくめながらその太い指を飾るいくつもの指輪のひとつを見て、着ている朱色のローブでそれを磨き始めた。緑色をした彼の瞳はスプライトのそれがごとく輝き、薄い唇をほとんど動かさず「モルデンカイネンは君が修行している時が訪ねるのに一番いい頃合いだと考えたのさ」と言った。
ロビラーは魔法使いモルデンカイネンに歩み寄って微笑みかけると、うやうやしく礼をした。彼の旧友は彼らが最後に集合した日以来、あまり変わりがないようだった。茶色い瞳は常に流し目で、経験によって培われた叡智の輝きをたたえている。容貌は時によりやや衰えてはいるが、いまだ精気に衰えはない。そして黒髪にはところどころ銀がかった灰色の筋が光っている。自分の杖にもたれるモルデンカイネンは、陽気だが奇妙な瞳をしている。そう。彼は単純な灰色のローブを着ているが、それは友人の単純さはそこまでなのだとロビラーは考えた。
「お前たちは俺に舞いをさせたかったのか? あるいは、お前たちふたりでだろうかな」ロビラーは肩越しに下の機械兵を眺めた。ひとつはバルコニーの手すりにほとんど手をかけている。それは手探りをしていて爪でひっかいた。
「オットーよ、今日は酷い日だな」彼はモルデンカイネンを見ながら、機械兵に蹴りをくれてやった。それは大きな音をたてて修行場の床まで落ちた。「俺は神々自身と戦うための力試しをしていたようだったよ」
「ああ、それなのだロビラー」モルデンカイネンが合いの手を入れる。
ロビラーはまるで何かを取り除くかのような身振りで右耳に触れながら、まずオットー、そしてモルデンカイネンの方へ向きなおった。ふたりのウィザードが笑っているので、彼はぎこちなく微笑んだ。
「お前の話ではこの町――神々の都――が、ブラックムーアの向こうにあるというわけだ」ロビラーは疲れきって焚き火の近くで横になっているモルデンカイネンに質問を投げかけた。夕刻の風は冷めており、モルデンカイネンは身を起こして彼を見た。
「おおロビラー。我が友よ。そろそろ今夜私が語ったことについて話し続けるのをやめてくれないか。旅はまだまだ長い。私たちがその伝説の都にたどり着くまで、先は何リーグもあるのだぞ。休みたまえ!」
「だがそれが真実だとしたら? これらのおとぎ話がだ、モルデンカイネン。俺を臆病者だと思ってくれるな。しかし神々だ。これは冗談ではないぞ、モルデンカイネンよ。そしてもの知らずだからでもない。そこに神々はいるのか?」
「そして夢の話だ――お前は俺に話したな? 黄金と白金の都のことを、モルデンカイネン。きっと誰でもない、神々自身ならばそれを建てることができる」
モルデンカイネンは完全に目を覚まし、まるで童のようにおとぎ話に魅入られた戦士をじっと見つめていた。彼はそこから暗い空へと目を転じる。その時、東の方へ星が落ちた。その後、ふたりは沈黙した。その後はどちらも話すことはなく、彼らはどちらともなしに寝たふりをした。
翌日、彼はブラックムーアの村へ到着した。
「あそこに店があるな」村の広場まで馬を向かわせたロビラーは指さした。
モルデンカイネンもうなずく。彼はこの旅のあいだ無口だったとロビラーは考えた。おそらく呪文を唱えるか何かしていたのだろうと、彼は結論づけた。
モルデンカイネンが北にそびえる今のところ彼らが征服していない北方にあるもうひとつの謎、ブラックムーア城を見つつ、ふたりは店に入った。
ロビラーは地元の商人との商談を饒舌にまとめていった。モルデンカイネンはそういう仕事を行なうときの友人が臨機応変にことを進めるのに注目している。
「おう、俺たちはもちろんファント男爵のことを知っている」店主がロビラーが行なった注文の物をそろえるまで、長い時間がかかった。ロープ、まきびし、牛の眼ランタン、食料、水袋、燕麦、それにぶどう酒。
「もちろんですだ」品物に囲まれた商人が戻ってきた「誰でもファント様のことは知ってまさあ。そしてあの方でもこの店ではわしがつけた値段でものを買いなさる。わしはね、あんたみたいな冒険者さんと仲良くしたいのさ。城で何かを手に入れたやつらはほとんど、わしからぼったくろうとする。これは公平なもんかね? だんな様」
ロビラーは最後の博打を打った。「主人、それは誤解をしているぞ。俺たちは城に向かっているのではない。神々へ挑戦しようとしているのだ」
この言葉に男は驚き、宿まで80リーグほどあることに気づいた酔っぱらいのようにみるみる顔が青ざめていった。彼は素早くドルイドの単純な印を切り、用心深く尋ねてきた。「あの都へ行きなさるので?」
ロビラーはうなずいた。
「お前には俺が支払ったものよりも多くの物資を投資する権利がある。そして俺は多分、その礼ができるぞ」
モルデンカイネンが口を挟んだ。「さて、何ができるかな?」
商人はつばを飲み込み、ウィザードを見つめた。「ああ、馬鹿にするわけではないですだんな様。ただ、あなた様がたはここに安い値段で大事なものを預けることだってできます。わしはこれをあなた様が届けて欲しいどんな所にでも運んでいけるです。それにあなた様からの伝言もつけて」
ロビラーはじっと見つめ、モルデンカイネンはまばたいて疑わしそうな顔をした。
「商人よ、何がいいたい?」大いに動揺した様子でロビラーは訊ねたが、それはこの交渉で彼が保っていた優位をぐらつかせるものだった。
「ええ」彼は息を継ぐ。「そのあわれな土地からは誰も戻らねえと聞いております。だからそこへ向かう人らには、全部前払いをお願いするってわけで」
ロビラーは笑い飛ばすが、モルデンカイネンは違っていたようで厳しい眼を向けた。「いくらだ? 店主」彼はあきらめて並べられた品を眺めた。
男は彼の手を取って高くさし上げた。「これはわしからあんたとそのお友達への贈り物です。持っていってくだせえ。二週間もすればあんたらはわしからもっと色々買いたくなるでしょうから」
モルデンカイネンとロビラーは手に手に荷物を持って馬のところへ戻った。彼らはお互いに皮肉めいた微笑を交わしつつ村から離れたが、それはすぐに不満げな沈黙へと変化し、近くの平原を突っ切ってあの都へと向かう旅をより不吉なものとした。
緑竜亭異聞の二回目はちょっと分量が多くて分割することになってしまったけど、モルデンカイネンことゲイリー・ガイギャックス、ロビラーことロブ・クーンツがデイブ・アーンソンのDMでプレイしたセッションを元にした小説ですぅ。
冒頭、モルデンカイネンが充分ためてからかっこよく登場するくだりは、サプリメントで紹介されている彼の言行は実際のプレイングとそう変わらなかったと思わせてくれたですぅ。また、キャンプでの会話や商人との交渉は、うまいことふたりの違いが表現されていると感じましたぁ。
しょっぱなからロボットが出ていたりと相変わらずのごった煮っぷりだけど、このセッションは『City of the Gods』の元ネタになったもののようなので、もっと楽しいことになるですぅ。