ネコぶんこ


2012年08月19日 それ以来、二人のエネルギイの大半は、時間が経過していることの証拠を認めまいとすることに費やされている。 [長年日記]

§ [Liber] 橋口侯之介和本入門 千年生きる書物の世界

有史以来、明治の初め頃までに日本で書かれたか、印刷された書物である和本という“物”が、どういう意味を持つ“物”なのかを解説した入門書ですぅ。

たとえば言語の解説書がAという文章にはA'という意味があると解説しているように、この本では和本という“物”をより正確に理解するための、序文(まえがき)や跋文(あとがき)、奥付や表紙、題名などの読み方を解説してますぅ。

主に触れられているのは江戸時代の出版についてで、出版元である本屋業界の変遷を追いながら歴史を追いかけていますぅ。

板の売買による権利の移動など業界の慣習や、それで奥付などがどう書き換えられるのかなど、本の由来を調べるために必要な情報の知り方も、著者が漢文調でつけた題名を一般受けを狙ったのか板元が表題でかなに直した話や、事例を交えた題名がどんどん長くなっていく様子などの解説など、いつの時代も人間のやることはそう変わらないエピソードを交えながら続いていくですぅ。

この本の特筆すべき秀逸さは、和本が持つの表現形態の読み方と、それがそうなった理由の解説が絶妙なバランスになっていて、読者の興味を惹かせる話題を織り交ぜながら順を追って説明され、理解しやすいところにあるですぅ。

これは第三章の『和本はどのように刊行されたか』で論じられる、その本がいつどうやって世に出て、それをどう分類するかという最終的な命題に向かって収束するようにそれまでの章の内容が組み立てられているところが大きく、構成の巧みさを感じさせられたですぅ。

また、著者の橋口侯之介さん自身が誠心堂書店を経営されている古書肆で、さまざまな学説や知見を参考にしながら自分自身の見解を確立されているところも、大きな要因だと考えられましたぁ。先人のそれらについても文中で軽く解説されるけれど、これがそれまでの内容をぶつ切りにせず、文章を読みづらくしない適量になっているのも入門書として大きな美点になっているですぅ。

和本の読み方入門としてよくできているのはもちろんだけど、本という物に関わる人の営みについてもエピソードが豊富なので、読み物としてもよくできてますすぅ。

それにしても、漢文の作法でつけた題名がより理解しやすいものに改変されている話は、最初は『Codex Anathema(異端写本ほどの意)』というラテン語題がつけられていたけど、先行した『Draconomicon(竜の書ほどの意)』『Libris Mortis(死者の書ほどの意)』というラテン語題がわかり辛いと小売店から不評で、わかりやすく改変されたDnDの『Lords of Madness』を思い出してしまったですぅ。